店舗情報

店舗紹介

『三輪素麺みなみ』は、大神神社(おおみわじんじゃ)の御神体である三輪山を真正面に望む場所において、三代続く製麺事業所です。
90年以上前に、初代・好太郎が修業の末、三輪そうめん製造を始めたのが当店の始まりです。

その後、一度そうめん製造を休止した時期がありましたが、
二代目・義雄によって再開され、33年前に三代目・敏幸と共に現工場を立ち上げました。
当店の素麺は、昔ながらの製法と近代的な設備を融合させた独自のこだわりで製造し、多くのお客様から好評を頂いております。

多くのお客様と関係者の方々から多大なる応援を頂きながら、長年に渡って素麺製造に携わり現在に至りますが、今後も先人たちの期待を裏切ることなく、愛情をもって三輪そうめん製造人として邁進させて頂く所存です。

三輪素麺みなみ外観

当店主からお客様へ

手塩にかけて創り上げたそうめんを初めとする各種乾麺。
みなみでは、箱入り娘の状態で大切に保管をしております。
我が娘を嫁がせる思いで、旬の到来と共に全国各地へと出荷(お嫁入り)致します。
お届け先様のご家庭に、喜びと感激をもたらすことができたなら
作り手(親)にとってこれほど嬉しい事はございません。

7月7日は、そうめんの日 とも言われますが、七夕の 彦星様と織姫様の一年に一度の出逢いのように
みなみでは、お客様との出会いを大切に、そして、末長く・・
と祈りを込めて 皆様のご来店ご用命をお待ち致しております。

代表 南 敏幸

代表 南 敏幸

店舗概要

会社名
三輪素麺みなみ
代表者名
南 敏幸
所在地
〒633-0074 奈良県桜井市大字芝1313
TEL
0744-42-5008 ※営業電話はご遠慮ください
FAX
0744-42-7877
営業時間
春夏 9:00~19:00/秋冬 9:00~18:00(お電話下されば時間外可)
定休日
日曜日・毎月15日 ※夏期は日曜日も営業しております
事業内容
三輪そうめんと乾麺各種の製造・販売
備考
店頭でご購入される場合、電子マネーをご利用いただけます。
(マナカ、イコカ、クイックペイ)

アクセスマップ

お車でお越しの方へ

ナビゲーションご入力の際は、当店の電話番号並びに住所を設定されるより、
織田小学校(〒633-0074奈良県桜井市芝1177 (電話番号:0744-43-0100)
を検索していただくと比較的太い道からくることが出来ます。

住所、TELのみで検索すると細い道からナビが案内することがあり、車の乗り入れがしにくくなりますのでご注意ください。
ナビゲーションのメーカーによっては細道を案内する場合がございますのでご注意ください。

周辺スポット

当店は、「三輪」の中心地である三輪山の麓にあり、近辺には神社、古墳や山辺の道など、古代ロマンを思わせるものが沢山あります。
ご来店の折に、お立ち寄りされてはいかがですか。

大神神社
大神神社は桜井市の中心にある三輪山そのものをご神体としたわが国最古の神社です。
三輪山は、大物主大神(おおものぬしのおおかみ)が鎮まる神の山として古来から信仰され、「古事記」「日本書紀」では御諸山(みもろやま)などと記されています。
大神神社のご祭神は国造りの神様として農業、工業、商業すべての産業開発、方除(ほうよけ)、造酒、製薬、禁厭(まじない)、交通、航海、縁結びなど世の中の幸福を増し進めることを計られた人間生活の守護神として尊崇されています。

大神神社から当店舗までの道のり

桧原神社
大神神社の摂社のひとつで、本殿を持たない神社です。
皇室の祖神とされる天照大神(あまてらすおおかみ)を祀り、伊勢神宮の前身である元伊勢神社と伝えられています。
周辺には川端康成などの歌碑が立っており、空間の中にとけこむような風情ある景色を楽しむことができます。
箸墓古墳
宮内庁が陵墓として管轄し、「大市墓(おおいちのはか)」として、第7代孝霊天皇皇女の「倭迹迹日百襲姫命の墓」に治定されている大きな古墳です。
邪馬台国の女王「卑弥呼」の墓ではないかと言われている大きな前方後円墳です。
全長は272メートル。
後円は直径157m、高さ23m、前方部の幅は25m、高さ13mもあります。
周囲には周濠の一部が今でも残っています。
ホケノ山古墳
全長約80メートル、後円部径約60メートルの纏向型(ホタテ貝のような形)と呼ばれるの前方後円墳です。
纏向古墳群の一つとして国の史跡に指定されています。
3世紀中頃に造られたとされる、日本で最も古い部類に属する前方後円墳の一つです
相撲神社
約2000年前に大兵主神社神域の小字カタヤケシで勅命天覧相撲(天皇が観戦すること)を行ったとされており、相撲発祥の地と伝えられています。
仏教伝来之地の碑
桜井市金屋の河川敷は、大陸から大和川をさかのぼって到着する船着き場があったとされています。
欽明天皇の時代に百済から使節が上陸し、釈迦仏の金剛像一躯などを献上し、仏教を伝えたと言われています。
現在、仏教伝来之地の碑が建てられています。
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